不定期更新で送る、日々思う事をダラダラと綴るブログです。
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人生って多摩に菅ぇ


八月から九月へと月代りする間に。



日本の政権は交代し



オイラにも転機が訪れました。



日本の行く末は、いよいよ分からなくなりましたが、



オイラは取り敢えず、自分の事だけでも精一杯やってみようと思います。



いや、人生ってたまに凄いね、ホント。



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2009⁄09⁄07 23:31 カテゴリー:想い、思いでは無い comment(0) trackback(0)
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最高到達点まで何ヤード


20090606081216
今年も咲きました。

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ジャンル:モブログ テーマ:君に
2009⁄06⁄06 06:06 カテゴリー:想い、思いでは無い comment(0) trackback(0)
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蟻々々々々々々々々々


あるところに男が居た。

男は子供達とよく一緒に居た。

とても面倒見の良い男は、子供達を愛し、また子供達も男を慕っていた。

ある日、公園でいつものように男と子供達が戯れていると、子供達の内一人が、蟻の巣を見つけた。

男はそれに気付かなかったが、子供達はいつしか蟻の巣に夢中になり、こんな事を思い付いた。



男に、喜んでもらおう。



子供達の一人が男に駆け寄った。

手には十匹の蟻がいた。

男は言った。

「ありがとう、でも元に帰してあげなさい」

また別の子供が男に駆け寄った。

手には無数の蟻。

男は少し困ったように言った。

「気持ちは嬉しいけど帰してあげて」

また別の子供が、手を広げ男に見せる。

中途半端な数の蟻に一瞬男は不思議に思ったが、合点が言ったので男は子供の頭を撫でてあげるとこう言った。

「考えたね、凄く嬉しいよ、でも蟻が可哀想だから、あまり捕まえたりは良くないと思うんだ」

渋々、子供が蟻を巣に返すと、最後の一人がその巣まで男を案内した。

男は言った。

「蟻は自分達が生きるので精一杯なのだから、これ以上何かをするのはよしなさい」

子供は首を横に振ると、巣を指した。

暫くそのまま指し続けたかと思うと、今度は蟻が群がる一山を指で円を描き、こう言った。

「これが僕達の気持ちです」

男は眉を潜めると、少し考え込んでしまったが、やがて笑顔に戻ると、子供達を抱き締めた。












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2009⁄03⁄10 00:34 カテゴリー:想い、思いでは無い comment(1) trackback(0)
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想いが溢れて零れないように
















       
( -`з-)





(ёvё )





















2008⁄06⁄06 23:59 カテゴリー:想い、思いでは無い comment(3) trackback(0)
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総画数とか無視して


肩が重い感じがするのは、疲れなのか霊的な何かなのか悩んでいる悶太です。

今更ですが、文章を書くのも読むのも面白いですね。

小説に限らず、こういったブログや日記、掲示板の書き込みも見てると非常に興味深く、考えさせられます。

皆さんは、文字を書く(打つ)時どんな事を考えながら、どんな想いを込めて打つのでしょうか?

オイラは、なるたけ読む人が置いてきぼりを食らわないような文章を書こうと心掛けるようにしています。

内輪ネタとかは細心の注意を払いますし、分かりやすく読んだかいのあるモノにしたいとは思っています。

でもこれはブログの話。

掲示板のレスは(一部を除き)、どう頑張っても仲良くなってしまえば内輪ネタが多くなってしまいますし、他人を気にしながら書いたりするのは最低限の事を守るようにしているだけで、大した事は考えていません。

それに、比較的書き込みする頻度も少ないですから(苦笑)

小説は、ブログのような事も考えますが、「遊び心」だとか「自分の書きたい事」を重視してますので、やはりチト違うような気がします。

まぁ、全てに言える事は「誰でも見れる=誰に見られているか分からない」という事ですが、余計な事を言わずに、ネットマナーも守っていれば、無難(?)に過ごせるとは思います。

しかし、良い意味でも悪い意味でも人に影響を与える「文章」を誰でも何時でも閲覧出来る事って、幸福であり恐怖であると思います。

何が引き金になるか分からないし、捉えようは自由自在。

文章には、たとえ自分が書いたどうでもいいような内容でも、それ相応の「力」を持っていると思います。

時々、文章を書いていても、正解なのか不正解なのかで迷います。

でもこれって、何にでも言えるような事なんですよね…。

書いて表現する「楽しみ」という行為にさえ、リスクを背負うという事を考えさせられた悶太でした。





2007⁄10⁄14 23:10 カテゴリー:想い、思いでは無い comment(3) trackback(0)
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